那須岳の南月山を目指す山行の前日、20代の若者も一緒に行くよという連絡が入った。その頃、30代の私は消化機能の不調を抱えていて、もしかしたら行けないかもしれない状態だった。そんな私には、20代の若者というワードはいつもより煌めいてみえた。
無事、当日は回復した。さらには[病み上がり]という免罪符も手にした状態だったので、山族らにいつもは使わないと10回くらい言われた那須ロープウェイの往復券を、我が物顔で入手できた。※決して登りたくないわけではない。登り開始30分間がしんどいだけだ。
天気はあまり良くなく、白っぽい空間を歩き続けた。唯一、牛ヶ首に着いた時に青空が見えた。福島の山々や、茶臼岳の山頂が青空に映える姿が圧巻で美しく、そしてかっこよかった。その一瞬だけで満足できるだけの絶景だった。
その絶景をおさめるべく、40代が一眼レフカメラで動画を撮影し始めた。それをみた若者が、「えっ、カメラで動画も撮れるんですか?」と驚いていた。そのセリフを聞いた私(30代/アナログ人間)は嬉しくなった。デジタル世代でも社会にのまれないピュアな子がいるのか!と。さらに若者は、「PayPayに送金されてお金が入ってるんですけど、使い方がわからなくて困ってるんです。」と相談してきたので、そんなこと任せておけ、後で一緒に使おう!と指導役を申し出た。まだまだ日本も捨てたもんじゃないと思った。
そこからの登山道は、バリエーション豊かで楽しかった。元気すぎる笹薮の道や、ミネザクラが集まる道、雪道が続くと思ったら普通の土の道になったり、飽きなかった。
特に面白かったのは、火山岩がごろごろしている道だ。雰囲気があるなあと思っていたら、後ろを歩く若者が「この石あったかい」と言い出した。え、火山の影響でも受けているのかな?と思い、手が冷えていた私は期待して同じように石に手を伸ばした。軍手をしていたからか、私には常温にしか感じられなかった。なんでも知ってる40代は石を見て、空洞がたくさんあるから保温効果があるんだね、と解説をした。それを聞いた彼はさらに嬉しそうに、あったかい!と満面の笑みになり、「僕、この石気に入りました!」とその石を持って帰ることにしていた。
この子は面白いぞ、と私の第六感に響いた瞬間だった。
山頂に着き、お昼タイムになった。若者はカップラーメンを作っていた。お湯を待っている間、蓋が少し開いてきてしまっていたので、私はすかさず「さっきの石で押さえなよ」と助言した。そうですね!とまた嬉しそうに取り出した。
3分が経った頃、彼が計っていたiPhoneのタイマーが出来上がりを知らせた。静かな雪山の山頂に、少しビターテイストなハープの音色が流れ出し、被せるように「いや、アラーム音のクセッ!!」という、千鳥のノブばりのツッコミが隣から響いた。今まで聞いたことのないアラーム音だった。使ってる人はおろか、試して流したこともないものだった。
聞くと、そのアラーム音の名前は[シルク]らしい。名前まで完璧だ。もうこの山行は、[シルク]に持っていかれた。※iPhoneユーザーは、ぜひ聞いてみて欲しい
すかさず私は、自分のアラーム音をシルクに設定した。
そして若者は、来週から八ヶ岳の山小屋で11月まで働くという。ひよこは登れない山のようなので、おとなしくシルクの音色を聴きながら、頑張れよと標高の高い方に思いを馳せようと思っている。
1つ心残りなのが、PayPay指導をしそこなったことだ。叶うのならば、若者のPayPayデビューは見届けたい。